第5回「プロが教える業務の棚卸(後編)」

株式会社カレンコンサルティング 代表取締役 世古 雅人 氏

株式会社カレンコンサルティング 代表取締役 世古 雅人 氏

第4回では、『業務の棚卸(前編)』として、業務の棚卸の失敗例やステップ、目的、注意したい項目についてお話しました。今回は、この後編とになります。業務の棚卸で陥りやすい問題と、正しく棚卸ができることによって得られる効果についてお話します。

 

 

 

プロローグ:“ハッタリ”だらけの業務の棚卸

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「業務の棚卸なんて簡単ですよ!」という声を聞くことが少なくありません。その一方で、「なかなか棚卸ができなくて苦労をしています」という声もまた、耳にします。

 

図1 “ハッタリ”の業務の棚卸

図1 “ハッタリ”の業務の棚卸

当社(カレンコンサルティング)に声をかけられるお客様のニーズは様々ですが、業務の可視化だけをしたい人(=業務フローを作成したい人)はさほど多くはありません。可視化を行う目的は、「業務改善」や「業務標準化」がほとんどです。したがって、可視化という行為はゴールではなく、途中の通過点に過ぎません。では、スタートラインは何かと言えば、可視化も業務改善も業務標準化もみな、業務の棚卸です。

我々も、業務の棚卸からお手伝いすることもあれば、棚卸まではできているので、そこから先のフロー作成や業務改善を支援してほしいというお客様もいらっしゃいます。

 

さて、冒頭書いた「棚卸は簡単!」という人と、直前に書いた「棚卸まではできている」という人……いずれの場合も、当社の場合、我々自身の目で必ず見るようにしています。

なぜなら、これは経験則ですが、「業務の棚卸は簡単、できている」というお客様ほど、まったく使い物にならない棚卸表を眺めて自己満足していることがほとんどだからです。

業務の棚卸が目的の人であれば、仕事の内容が書かれた表計算ソフトで作成された一覧表ができただけで満足してしまうでしょう。「ほぅ、思ったよりいろんな業務があるなぁ」と業務の一覧表を見て、上司が妙に納得してしまったりです。そんな上司の様子を見て、部下は「何をいまさら…しめしめ…」と思っているかもしれません。

また、業務の可視化の目的ではなく、人事評価、目標設定のために業務の棚卸を行う会社、組織も見られます。調子のいい部下は、自らの仕事を誇張して書くこともあります。シンプルな仕事が一見、複雑に見え、簡単な仕事でも専門性の高さが要求されるように見えてしまうなど、皆さんも経験をしたことがありませんか?

実際に、このような棚卸をされて出来上がった業務の一覧表を見て、それが正しいかどうかという判断は、何を基準に・誰ができますか?…と言うのも、『業務の棚卸は実務担当者がもっとも業務に精通しているはずなのですが、必ずしも正確に業務の棚卸ができるわけではない』というところに、業務の棚卸の難しさが集約されています。これを別の言葉で言い換えれば、「業務の棚卸が正しいかどうかは、本人以外はわからない」ということになります。これでは、業務改善では困ったことになるのは目に見えています。

 

業務の棚卸の陥りやすい問題

pict-0-74さて、皆さんの職場で業務の棚卸を行うことをイメージしてみてください。皆さんはどのように職場のメンバーに、棚卸を行うという“動機づけ”を行っていますか?
まず、業務の棚卸はそれなりに時間がかかるので、『目的を明確にし共有する』ことに重点を置きましょう。何のために棚卸を行うかということです。あなたが上司であるならば、「皆さんの仕事内容を知りたいから」ではなく、例えば「効率化を目指し、どこにどのくらい工数がかかっているのかを把握するため」などです。

そうでないと、実務担当者はただでさえ忙しいので、「時間がない」ことを理由に、優先順位を下げたり、業務の棚卸にかける時間を割かなくなるので、精度の良いものはできません。

この時に、どのような業務があって、何という業務名称があって、これらがどのような業務構造になっているのかが、皆目、検討がつかない場合は、いきなりメンバーに業務の棚卸をやらせると、とんでもないことになります。

これを一言で言えば、『棚卸のアウトプットがバラバラ』という事態になります。具体的には以下の通りです。

  • 業務区分が正しくない
  • 業務の粒度が揃っていない
  • 業務の名称が統一されていない、決まっていない
  • 特定の人にしかできない業務、またはわからない業務が多い
  • 業務が部門内で統一見解となっていない(人により業務解釈が異なる)
  • 現状の業務と理想の業務が混在している

ここでは、アンダーラインを記した2つの場合について、一緒に考えてみましょう。

 

業務区分が正しくない

(1)担当者の担当業務が業務区分
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業務区分が正しくない例としては、担当者の担当業務ごとに業務区分(大項目)を作ってしまうことが挙げられます。担当者が一人で行っている業務だと、一つの業務名称でまとめてしまいがちです(図2参照)。

業務区分を考えるときには、業務名称から業務内容がきちんとイメージできる名称にしなければ意味がありません。特に業務のグルーピングや、業務構造を把握していないと、業務の細分化も前に進まなくなります。

図2 担当者の担当業務が業務区分

図2 担当者の担当業務が業務区分

(2)「各項目の抽出のバラつきがある」

①中項目が抜けている

また、業務に精通していればいるほど、細かな手順はイメージしやすいので、棚卸の際に中項目が抜け落ちてしまい(ひどい場合は大項目も抜ける)、細かな作業ベースの業務内容の羅列表になります。

②小項目まで落とし切れていない

もう1つの例は、“業務のくくり”を大きな単位でしか見ることができずに、小項目まで落としきれないケースです。これは、細かな業務を知らないのではなく、知っていても慣れや、意識せずに業務をやってしまっているがために、実務担当者自身が項目を抽出しきれない場合に起こります。熟練者に多く見られます。

①、②を人事部門における「採用業務」を例に挙げると、図3のとおりになります。

図3 業務項目抽出のバラつき

図3 業務項目抽出のバラつき

 

業務の名称が統一されていない、決まっていない

pict-0-55業務によっては、部門共通のものがあります。

たとえば、稟議プロセス業務や経費精算業務などです(図4参照)。このような業務は、全社共通の業務です。それぞれの業務フローに書き出すと複雑になりますし、修正を加えるのも大変です。したがって、共通な業務として、他の部門から見えるようにするためには、正しく・意味のある業務名称を付けることが重要です。

図4 業務の名称が統一されていない、決まっていない

図4 業務の名称が統一されていない、決まっていない

以上は、主に2つを挙げましたが、これらをクリアしていないと、たとえ目的が共有され、正しく理解されていたとしても、部門によってバラバラな業務が出てきてしまい、目指す業務の棚卸とは程遠いものになってしまいます。
このような状態にならないがためにも、第3回で述べた『業務棚卸の前に行うべきこと』のステップを抜いてはいけません。

業務の棚卸で得られる効果

pict-0-74業務の棚卸を行うことで、以下のような効果を得ることができます。

 

 

  • 業務として何があるかがわかる
  • 業務の構造、構成がわかる
  • 業務の名称がわかり、揃えることができる(共通認識できる)
  • 業務の棚卸を元に業務一覧表が作成でき、業務区分が明確になる
  • 共通化できる業務プロセスを洗い出すことができる(業務標準化への準備)
  • 役割分担が明確になる

以上、第4回の前編と今回の後編で書いた内容を踏まえ、業務の棚卸を行い、明らかになった業務を一つのプロセスとして、可視化(モデリング)をしていきます。可視化していった結果、業務フローや付随する業務記述書が出来上がります。

 

可視化の成否は棚卸で決まる

pict-0-18次回より、業務の可視化、すなわち、業務の棚卸を経て、業務フローを作成していくという内容に入ります。

その前に、我々から1つ、皆さんにお伝えしておきます。それは…、

 

「可視化の成否は棚卸で決まる」

ということです。

きちんと業務構造を見極めて、正しい業務名称で示されるだけでなく、同一業務を行っている複数のメンバーが共通認識、あるいはコンセンサスを得た業務の棚卸表が出来上がっていないと、次の可視化でトラぶることになります。

業務の棚卸がきちんとできていると、業務フローの作成は恐ろしく早く出来上がります。我々、プロがはっきり言い切れるものです。逆に言えば、業務フロー作成がなかなか進まないのは、そもそもの業務の棚卸がプアであったことになります。

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本記事の執筆者

株式会社カレンコンサルティング

株式会社カレンコンサルティング 代表取締役 世古 雅人 氏

カレンコンサルティングはPlanだけでなく、未来永劫に企業組織が自走できる自立的な組織構築を目指しています。 社員間、社員と経営者の関係性、信頼関係等も重視し、継続的に成長し続ける企業や組織であるためにハード/ソフトの両側面からPDCAの全ての工程に責任を持って関わっていきます。 理論的な知識情報だけに終わらせることなく、実存的な経験情報に基づきご支援をいたします。しかし、そこには明確なアカデミックな原理原則と根拠、方法論を示しながら、組織の学習サイクルにフィードバックしていき定着をはかります。

株式会社カレンコンサルティング
代表取締役 世古雅人(せこ まさひと)


【プロフィール】

  • 1964年:三重県生まれの横浜育ち。神奈川県在住。

  • 1987年:武蔵工業大学(現 東京都市大学)工学部電子通信工学科卒業。アンリツ株式会社入社通商産業省(現 経済産業省)管轄の半導体基礎研究所の出向期間を含め、約13年間を設計と研究開発の現場で過ごす。その後、社内選抜にて経営企画室に異動し中期経営計画策定、情報戦略、組織風土改革等に従事。

  • 2003年:株式会社スコラ・コンサルト入社。企業風土改革、組織・業務コンサルティングに関わる。

  • 2004年:株式会社ピーエイ入社。経営企画室室長・管理部部長。
    事業計画策定・IR・各種制度設計と構築を行う。子会社である株式会社UML教育研究所の執行役員/営業本部長を兼任。社内コンサルティングと並行して、社外への経営・組織・業務・プロセスコンサルティングに従事。

  • 2009年:株式会社カレンコンサルティングを設立、同社代表取締役。
    コンサルティング・教育研修・アウトソーシング事業を展開。現場と経営を巻き込んだ新しい『プロセス共有型』のコンサルティングスタイルを提唱している。
    特にハード面の「業務プロセス」と、ソフト面の「風土改革」の2軸を大切に、大手上場企業から中小ベンチャー企業まで、業界・業種を問わず、現場における業務改善・組織風土改革の変革支援を行う。技術の現場あがりの経験や知識を活かした業務改善や変革コンサルティングなどに従事。

【著書】