第7回「物流改革」の進め方 物流業界におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)

第7回「物流改革」の進め方-物流業界におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)

デジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)」という言葉を見聞きすることが多くなった方も多いかと思います。この言葉の定義は様々ですが、初期の概念としては「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」*1とあり、その後ITプラットフォームの概念を用いて、「企業が第3のプラットフォーム技術を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデル、新しい関係を通じて価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」*2とされています。

「物流」と「Logistics(ロジスティックス)」の違い

サブタイトルに「物流業界におけるDX」と銘打ったものの、こと日本の物流業界において「第3のプラットフォーム技術」を利用して、「新しい製品やサービス」、「新しいビジネスモデル」、更には「新しい関係を通じた価値創出」といったことができる時代が来るというのは甚だ想像しがたいというのが、長年業界に関わってきた者としての率直な感覚です。

このような悲観的な感覚を持つに至った主な理由は、欧米と日本における「ロジスティックス」に対する意識の違いです。欧米における「ロジスティックス」とは軍事用語を起源とするもので、極めて戦略的な概念です。一方日本では「物」の流れといった側面だけを捉えた「物流」として矮小化され、戦術レベルの扱いとなってしまった歴史があります。欧米では「ロジスティックス」が学問として捉えられている一方、日本では例外的なものを除くと、今に至っても「物流」という狭義の捉え方をされており、結果として社会的にも同業界の地位は必ずしも高くなく、ビジネスにおいても物流に重点を置く企業も少なく、物流に精通した役員を置く企業は限定的です。

最後の暗黒大陸としての「物流」

かの有名なドラッガーが流通・物流を最後の暗黒大陸と名付けたのが1962年*3。それ以来欧米では学術的な研究を基盤とし、1990年代には好景気を背景に潤沢なITへの投資が後押しする形で流通業や物流業の生産性が飛躍的に上がりました。一方日本では、根本的な対策を打たずとも大きな経済発展を遂げていた時期があり、その後のバブルの崩壊から始まった「失われた20年」でのIT投資の抑制や様々な業務のアウトソーシング化によりノウハウの空洞化が進んだ結果、今を以てしても「物流」は暗黒大陸であり続けていると考えています。

人口減少が加速する日本の発展に寄与できる「物流の生産性向上」

ただ、長年携わってきた物流業界の展望を悲観したまま見過ごすわけにもいきません。既に労働人口が減少している日本にあって低い生産性は「致命的」です。2018年の日本の時間当たりの労働生産性はOECD加盟36か国中21位であり、米国(同6位)の6割ほどです*4。逆に言うと、米国並みの生産性に引き上げることが出来れば、人口が減少する中にあっても日本経済には40%ほどの成長余力があるということになります。

図1 OECD加盟諸国の1人当たりGDP

図1 OECD加盟諸国の1人当たりGDP

出典:「労働生産性の国際比較2019」公益財団法人日本生産性本部

生産性向上のカギとなるものは「プロセス」

では、如何にして40%もの成長余力を現実的なものとして享受できるのか。私たちはその為に注目すべきものは「プロセス」と見ています。物流に限らず、ありとあらゆるビジネスにおける業務は、インプットに対して付加価値をつけてアウトプットすることの繰り返しであり、この付加価値をつける工程を「プロセス」と呼びます。

図2 プロセスの定義

図2 プロセスの定義

この特集の中で繰り返し表現されたキーワードとして「業務プロセスフロー」があります。物流業界には、この「プロセス」を適切に記述した「業務プロセスフロー」を作成・維持管理する文化が育まれていないことが改善や改革を阻害する要因となっていると主張してきました。

「データ」も大事、でも「プロセス」がもっと大事

デジタル・トランスフォーメーションを進める上で重要なポイントとなるものは、「データの整備と活用」とその前提となるビジネスの「デジタル化」です。対象となるビジネスがアナログベースでは最先端の技術を活用することは困難です。ビジネスプロセスが適切な形でデジタル化された結果としてデジタルデータがアウトプットされ、更にそれらのデータが活用されて新しい価値が生まれていくというサイクルがDXの見据える世界だと考えています。

昨今では、業務アプリケーション、PCやスマートフォンなどのデジタル機器から取得したログデータを元にプロセスを可視化するプロセスマイニングやタスクマイニングといったツールが世の中に出てきています。これらのツールを活用すれば、比較的スムーズにデータを元に現状分析を行うことが可能となります。しかしながら、取得できるデータにムラがあったり、粒度がバラバラだったり、データ化されていない業務が点在していたり、ビジネスプロセス自体が中途半端な形でデジタル化されている場合、実は見えてきたものは本当の姿ではないということが起こります。現状を適切に捉えられていない業務の改善は表面的なものになりがちで、効果も限定的なものになってしまい、改革と呼べるものにはなり得ません。

まずは自社の現状のビジネスプロセスを正しく紐解き、理解することが重要です。アクティビティー(手作業/システム処理/自動化)とリソース(設備/IT/組織)を体系的に整理し、自社の戦略やカスタマージャーニーとの紐づけなどを行うことで、ビジネスプロセス全体をモデリングするアプローチが必要です。日本ではまだ導入が進んでいないものの、欧米では多数のビジネスモデリングツール*7が市場に出ており、多くの企業で既に導入されて効果を発揮しています。

物流の世界はDXよりもBPM(ビジネス・プロセス・マネージメント)

最近感銘を受けた書籍が「Process Visionary(デジタル時代のプロセス変革リーダー)」(プレジデント社、(株)エル・ティ・エス 山本政樹/大井悠共著)*7です。この本を読み進めているうちに、これまで物流業界のIT領域で試行錯誤を繰り返していた中でモヤモヤしていた思いの根源的なところに光を当て、そして論理的に紐解いて頂いたような感覚を持ちました。

同書では、BPMを「自社のビジネスプロセスを常に最適な状態に保ち続ける活動の総称」と定義しています。ビジネス環境が大きく変化を遂げる中、企業における「物流」の最適な状態も常に変化を求められます。今の自社の物流業務の在り方は、明日には最適なものではなくなる可能性が高いため、現状を常に正しく理解しておくことは改善や改革を行う上での前提条件となります。

同書にも書かれているように、デジタル化やマルチチャネル化、社会的な規制や法制度の変化に伴いビジネスプロセスの複雑性がこの30年ほどで飛躍的に高まりました。多くの企業における物流領域は、このような難易度の高まりもあり、根本的な対策を打ってきませんでした。今後も様々な理由をつけ、取り組みに着手しない企業も多いと思われますが、覚悟を以て終わりなきBPMの取り組みを開始する企業との差は開く一方でしょう。

BPMの取り組みをおざなりにして先端機器を物流現場に取り入れる企業もみられますが、一次的なコストダウンや限定的な範囲における改善効果以上の価値創造は期待できません。先端機器が生み出す効果は、導入時点の「最適な状態」に即した結果であり、将来における「最適な状態」での効果を保証するものではないからです。

*1 ウィキペディア「デジタル・トランスフォーメーション」:Eric Stolterman, 2004
*2 ウィキペディア「デジタル・トランスフォーメーション」:IDC Japan, 2016
*3 “The Economy’s Dark Continent”, Fortune Magazine 1962, Peter Drucker
*4 「労働生産性の国際比較」公益財団法人 日本生産性本部, 2019年12月18日
*5 Process Visionary(デジタル時代のプロセス変革リーダー), プレジデント社, 山本政樹/大井悠共著(株式会社エル・ティ・エス)

最後に

2016年春から連載をさせて頂いた同コラムですが、第6回と第7回の間が3年も空いてしまいました。

この期間、物流という領域においては、数々の先端的なマテハン機器が登場し、日本においても多くの現場で業務が大きく変わりました。また、物流領域に限らず、様々な事務処理においてもRPAなどの自動処理ツールなどが世の中を席巻し、人手を介さないビジネスプロセスが大幅に増えました。

このような世の中の動きは、「働き方改革」と表現されたりし、生産人口が大きく減少している日本における省人化対策の一環として評価されているようです。

改革・改善活動に終わりはない

連載前には、日本における物流領域での改革や改善のよきお手本となるような事例を私自身の経験をベースに上げられるものは残念ながら限定的でした。忸怩たる思いを持ってこの連載を書き始めましたが、その後様々なソリューション、お客様やパートナーとの出会いがあり、自社のソリューションや手法を常にアップデートしていく中で、進めるべき方向性について理解を深めてきました。

改革・改善活動には終わりはなく、常にビジネス環境の変化に順応し自身を最適化していく必要があります。競争の激しいビジネス社会においては、歩みを止めた途端に衰退が待っています。物流という領域においては、まだ、実質的な改善・改革のスタートを切っていない企業もたくさん存在します。これまでは物流面において表面的な取り組みだけで事業を支えてこれた企業も今後の保証はありません。様々な困難が待ち受けようとも、改革・改善に立ち向かっていく決断をした企業だけが、その他の企業との競争に打ち勝つ可能性が出てきます。

生産人口の更なる減少が決定的な日本において、生産性の向上は国力の維持・向上のために必須です。そしてこれを支えるのは「人」です。物流というビジネス領域が、改善・改革意欲を持った人材を惹きつけ得る領域となるよう、今後も微力ながらも寄与していきたいと考えています。

長い間のご購読、心から感謝いたします。

株式会社イノベーティブ・ソリューションズ 木下雅幸

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本記事の執筆者
株式会社イノベーティブ・ソリューションズ

株式会社イノベーティブ・ソリューションズ

ITコンサルティングとソフトウェアの提供サービス、また、ウルグアイの製品であるジェネクサスという開発ツールを使ったシステム開発を行い、独自のソリューションを作ってユーザーに提供しています。コンサルとITを融合したサービス提供会社です。


木下 雅幸(きのした まさゆき)
株式会社イノベーティブ・ソリューションズ 取締役

【得意分野】
・物流・製造
・サプライチェーンマネジメント