はじめに
最終回の今回は業務フローを使い、業務改善を進めていくときのポイントを前回に続き、お伝えします。
一見、同じ業務フローに見えるが…業務の責任範囲に注目してみよう
業務フローから見えてくることの一つに、業務の責任範囲が挙げられます。普段、人から「どこからどこまでが自分の業務なのか」と聞かれ、曖昧な回答をしてしまうことはありませんか。あるいは、人によって仕事の範囲が異なるなどにより、後工程の人が苦労をする場合などありませんか?
図1をご覧ください。
一見すると、左右の図に違いはないように見えますが、赤い縦線の引かれている位置が違います。この赤線は、部門の業務範囲・責任範囲の境界線を表しています。それぞれの図を見てみましょう。
(1)図左側:未完全なプロセスは、後工程に流さない
営業部門(前工程)は、プロセスA「契約書を受領」とプロセスB「エビデンスを受領」を終えると、この2つのドキュメント(契約書、エビデンス)を揃えて後工程の経理部門に渡します。これらを受け取った経理部門はプロセスC「売上の計上」を行います。営業部門は、2つのドキュメントをきちんと揃えて、経理部門に提出することでクロージングします。なので、【AND】という表示が、赤線よりも営業部門側に位置しています。つまり、2つのドキュメントを揃えるところまでが業務範囲であり、営業部門としての責任範囲ということになります。
(2)図右側:後工程が苦労し、余計なコストがかかる
一見すると(1)の場合と違いは見られません。唯一、赤の境界線の位置が違います。
(2)は、営業部門(前工程)は2つのドキュメントを揃えて、後工程(経理部門)に渡すことはしません。手元に来た書類を、来たものから提出します。つまり、書類を揃えるのは経理部門(後工程)です。なので、【AND】の表示が赤線よりも経理部門側にあります。このやり方だと、経理部門に書類がすべて揃うまで売上計上することができず、停滞(待ちの状態)が発生します。営業偏重の会社や、契約書の獲得件数が営業マンの評価やインセンティブに直結する組織の場合、この(2)のケースが多く見られます。後工程には、同一案件におけるドキュメントA(契約書)とドキュメントB(エビデンス)が泣き別れ状態で流れてくることになります。経理部門は、これらを未計上状態として覚えておくことが必要ですが、その間にも次の計上処理がどんどん回ってくるため、ミスが誘引されます。
皆さんの会社はどちらでしょうか? 部門枠としてスイムレーンがきちんと書かれていれば、どの部門で業務が行われているかは明確になります。問題はスイムレーンの境界線が動く場合、あるいは人によって異なる場合があるということです。同じ部門内であっても、人によっては(1)、別の人は(2)のやり方をするなど属人的になりやすいのも、このような業務範囲に起因する場合です。そもそも、組織規程や業務分掌に明確に定めるなどしないと、「責任の所在が不明確」なままとなります。
図1では【AND】という両方が揃わないと次の工程が開始できないという「ANDの理論」の流れでした。どちらか揃えば次の工程が開始できるという「ORの理論」というものもあります。
似たようなプロセスでも、ANDなのかORなのか細かい部分が決まっているのとそうでないのとでは、後工程の業務範囲・責任・機能等が異なります。場合によっては、後工程に停滞が発生してしまい、余計なコストがかかります。業務改善では、完全な状態で次工程にプロセスが渡されているかを見ていくのも一つのポイントです。
一般に製造現場の場合は、図1(1)のように「ANDの理論」は前工程に当てはまります。「未完全なものは後工程に流さない」ということが徹底されています。
同じ業務名称だが…業務範囲の違いに注目してみよう
業務フローがある程度出来上がり、先に作成した業務の棚卸表と突き合わせた場合によく起こることが、人による業務範囲の違いです。図3をご覧ください。
図3は、営業部に所属するAさんとBさん、そして法務部に所属するCさんの「契約書作成業務」の範囲を示したものです。同じ「契約書を作成する」という業務ですが、それぞれ人による業務範囲の違いが生じています。営業部という同じ部門に所属しているAさんとBさんにおいても違いのあることがわかります。
青い線で業務を囲んだAさんは、法務部で契約書を作成した経験もあるベテラン社員です。自分で作成した契約書のチェックを自分で行います。そして、契約に必要な書類を揃えるまでを「契約書作成業務」と定義しています。これに対して、赤い線で業務を囲んだBさんは自分で契約書を作成しますが、チェックそのものは法務部に依頼しています。Bさんは、ここまでの範囲を「契約書作成業務」としています。ちなみに、Bさんは送付時に必要な書類を揃える業務は、次の業務区分にあたる「契約書送付業務」と定義しています。一方、法務部のCさんは営業Bさんから依頼された契約書のチェック業務を緑の線で囲い、「契約書作成業務」の範囲としています。法務部として、契約書を一から作成しているわけではありませんが、契約書をチェックすることで完成させる一助を担っています。なので、この図3の法務部としての「契約書作成業務」は、「契約書をチェックする」が範囲となります。
以上のことから、次のことがわかります。
- 同じ業務名称、同じ部門でも、経験や権限が異なると業務範囲に違いが生じる
- 同じ業務名称でも、部門が異なれば担う役割が違う
本来、組織の役割や機能は業務分掌や組織規程に明記されていることが一般的です。それでも業務棚卸を行い、業務フローを作成していくと、このような「人による業務範囲の違い」がより明確になります。業務改善では、人による業務範囲の違いを明確にし、部門としての業務範囲を設定していくことが大切となります。この違いを見つけ、どうするか?が重要です。このような属人的な業務を、今のままで良しとするのか、それとも、きちんと部門として仕事の範囲を定めるかは皆さん次第です。
タテのフロー(意思決定、責任と権限)に注目してみよう
図4をご覧ください。
図4の業務フローの部門内には、担当者と上司の2つの列(タテのフロー)が用意されています。こうすることで、どこで意思決定がされているのか。どこに責任や権限があるのかがわかるようになります。多くの場合、部門に対し一つの列を用意するでしょう。この書き方だと、意思決定をしている人や、責任や権限を持っているが誰だかわかりません。書き方によっては、同一人物がすべてを行っているように見えてしまいます。そうなると、困ったことが起こります。「上司や管理職は何をしているのだろう?」「担当者同士で直接、やり取りをしているのか?」など、ここまでで示してきた「責任の範囲」や「仕事の範囲」とも関わることが疑問としてわき上がります。
組織の成長と併せて、意思決定をどこで行うのか。どの機能に何の責任と権限があるのかを整理し、部門間で共有していかなくてはなりません。現状の意思決定のなされ方や責任と権限の所在を把握するのも、業務改善のポイントと言えるでしょう。
「時間がかかる」のさまざまな要因
業務改善を進めていく過程で必ず出てくるのが、「時間がかかる」という問題に直面することが少なくありません。
「時間がかかる」と皆さん言いますが、実際にはいろいろな種類の「時間がかかる」があります。同時に、その要因もさまざまです。図5をご覧ください。
「時間がかかる」でも、何に対して時間がかかっているのか見ていく必要があります。そして、そのものが起きている原因を考えていきます。図5を見てみると、時間がかかる原因の一つに、業務を依頼するのに時間がかかっているとあります。では、なぜ依頼するのに時間がかかるのでしょうか。その原因にはやり取りが多く、工程が多いからことが挙げられています。
実際、時間は皆平等ですので、「時間が足りない」という原因を出したところで、効率を高めていく、もしくは業務量を減らしていく、はたまた人を変える以外、解決する術がありません。安易に、残業をする、人を増やすなどのその場しのぎの問題解決はすべきではありません。時間がかかっている真因を見つけ、根本的解決策を講じることが求められます。「時間がかかる種類」と「時間がかかる要因」を切り分けて考えると良いでしょう。
業務フローを作成するときには、業務プロセスを分解していきますが、業務改善においては問題を分解していきます。そして、真因を見つけることが重要となります。
最後に
業務フローは、いろいろな場面で活用できます。現に、皆さんも様々な場面で目にしたことがあるでしょう。なかには、業務プロセスの粒度が粗く、大まかな流れを把握するだけのものもあるでしょう。または、いろいろな情報が書き込まれ過ぎて、そのものの目的が見失われているものもあるかもしれません。活用できる業務フローに仕上げるためには、最低限必要な情報を付加し作り込んだら、目的の再確認と関連部門との共有を図ってください。目的を共有することで、達成するための材料として仕上がっているか確認できます。関連部門と共有することで、後工程の業務プロセスを追記できたりし、業務の全体が見えてきます。また、業務に対する認識の違いも浮き彫りになります。
「業務改善にふさわしい業務フローの書き方、考え方」――ここには「これだ!」という一意で決まるような定義はありません。条件として言えることは、活用できる業務フローを書くためには、業務プロセスを分解して書くことと、関連部門とのコミュニケーションが必要なことではないでしょうか。業務フローを材料にコミュニケーションを図ることは、業務への視野や知識を広げることにもつながります。そして、業務改善を進めていく過程では、現状の業務のやり方を当たり前だと思わず、疑問を持ち考えることが大切となります。組織で業務改善を活性化させることは、個々人の仕事に対する姿勢や考え方が変わり、組織風土にも良い影響を与えるでしょう。「業務改善が楽しい」、「業務フローが書けるようになって、仕事の見え方が変わってきた」と思える人が多くいる職場は、変化を楽しめる強い組織になれるのではないでしょうか。
全6回で連載をしてきましたが、いかがでしたでしょうか。業務フローの作成や業務改善を進める上での一助になれたら、嬉しいかぎりです。
カレンコンサルティングはPlanだけでなく、未来永劫に企業組織が自走できる自立的な組織構築を目指しています。 社員間、社員と経営者の関係性、信頼関係等も重視し、継続的に成長し続ける企業や組織であるためにハード/ソフトの両側面からPDCAの全ての工程に責任を持って関わっていきます。 理論的な知識情報だけに終わらせることなく、実存的な経験情報に基づきご支援をいたします。しかし、そこには明確なアカデミックな原理原則と根拠、方法論を示しながら、組織の学習サイクルにフィードバックしていき定着をはかります。
取締役 渡邊清香(わたなべ さやか)
【プロフィール】
- 新潟大学経済学部経済学科卒業
- 2005年:株式会社ピーエイ(東証二部上場)入社。事業計画策定、IR業務、決算説明会/株主総会資料作成等)、社内業務コンサルティング、人事制度構築、文書管理システム構築、社内会議体(経営会議、営業会議等)の運営等。
- 株式会社テムズ :マーケティングコンサルタント 、広告媒体の効果測定、マーケットリサーチ/アナリシス 等
- 中堅テレマーケティング会社 :経営企画室、コンサルティング事業部 コンサルタント。
- 2009年:株式会社カレンコンサルティングを設立、同社 取締役。企業の経営・業務コンサルティング、プロセス・制度設計等に携わる。
- 世古雅人、渡邊清香 共著
『上流モデリングによる業務改善手法入門』 (技術評論社)
- アイティメディア “@IT自分戦略研究所”
『プロセスコンサルティングのススメ!』 他