システム刷新を成功させる鍵は、要件定義の前に「現状業務(As-Is)」を可視化しておくことです。業務が見えないまま進めると、ベンダー丸投げや手戻りでコスト・期間が膨らみがち。本記事では、刷新前に可視化が必須な理由と、失敗しない進め方を実務目線で解説します。
なぜ「システム刷新前」に業務可視化が必須なのか
システム刷新の失敗パターン…業務が見えていないまま進めてしまう
システム刷新の相談で、最初にぶつかりやすいのが「そもそも現状の業務が分からない」という壁です。 刷新の目的は「新しいシステムに置き換えること」ではなく、本来は業務をあるべき姿に変え、継続して運用できる状態にすることです。 しかし現場の業務が見えていないと、どれだけ最新のシステムを入れても、根本がズレたまま進んでしまいます。
よくある流れは、次のようなパターンです。
- 「古いシステムが限界」なので急いで入れ替えを検討する
- 要件定義を始めようとするが、現状の業務手順や例外が整理されていない
- 担当者ごとに説明がバラバラで、ベンダー側も正しく把握できない
- 結果として「何となくの要件」で設計が進み、導入後に不満・手戻りが起きる
この問題がやっかいなのは、業務が見えていない状態だと「どこがズレているのか」すら判断できないことです。 つまり、刷新プロジェクトの初期段階から意思決定の根拠が弱い状態で進んでしまい、後半になってから大きな手戻りや混乱が発生しやすくなります。
だからこそ、要件定義に入る前に現状業務(As-Is)を可視化して“管理できる形”に整えることが、システム刷新では必須になります。
ベンダー丸投げが招くリスク(使いにくい/高い/運用が回らない)
業務が見えていないと、次に起きやすいのがベンダー丸投げです。 「ベンダーが詳しいはず」「プロに任せた方が早い」という心理は自然ですが、丸投げには典型的なリスクがあります。
| 起きがちなこと | なぜ起きるか(根本原因) | 結果どうなるか |
|---|---|---|
| 要件がベンダー都合で固まる | 発注側が業務を把握しておらず、提案の良し悪しを判断できない | 「これでいいですか?」にYESと言うしかなくなる |
| 費用が膨らむ | 例外や実態が後から発覚し、追加開発が増える | 当初見積もりから大幅増、社内調整が地獄化 |
| 使いにくいシステムになる | 現場の実態・判断・運用のクセが要件に反映されていない | 「導入したのに回らない」「結局Excel併用」 |
| 更新・改善が回らない | 業務定義がベンダー側に依存し続ける | 変更のたびに依頼が必要になり、スピードが落ちる |
重要なのは、ベンダーが悪いという話ではなく、発注側が業務を説明できないと、最終的に損をする構造になっているという点です。 業務を把握していない状態では「何が欲しいか」「何が不要か」「何がリスクか」を判断できず、結果的に高くつきやすい。 そして導入後も業務は変化するため、可視化や整備を自分でできないとずっと依存し続けることになります。
業務を把握していると何が変わるか(判断・交渉・要件の質が上がる)
逆に、刷新前に業務可視化ができていると、プロジェクトの質が大きく変わります。 ポイントは「資料が作れる」ことではなく、判断できる状態になることです。
- 判断:ベンダー提案が「現場の実態に合うか/合わないか」を評価できる
- 交渉:優先順位やスコープ調整ができ、費用増・手戻りを抑えられる
- 要件の質:例外や分岐、関連システム、帳票、担当者の役割が整理される
さらに大きいのは、可視化によって「見えていなかった課題」が早い段階で表に出ることです。 たとえば、次のような論点が前倒しで整理できます。
- 同じ作業を複数部門で二重にやっていないか
- 承認ルートが複雑すぎてボトルネックになっていないか
- 特定の人にしか分からない“属人化ポイント”がどこにあるか
- システム間の受け渡し(入力・転記・チェック)が無駄に多くないか
これらが整理できていると、要件定義は「現状を写す作業」ではなく、 現状課題を踏まえて“どう変えるか”を決める作業になります。 刷新の成功確率を上げるために、業務可視化は「前工程」ではなく、要件定義の土台だと捉えるのが現実的です。
要件定義の前にやるべき「業務可視化」の進め方
まず押さえる範囲…現状(As-Is)を“管理できる形”にする
業務可視化は「きれいなフロー図を作ること」が目的ではありません。 システム刷新における可視化の目的は、現状業務を“管理できる形”に整えて、要件定義の材料にすることです。
ここでいう「管理できる形」とは、少なくとも次の状態です。
- 業務の開始・終了が明確になっている
- 誰が(部門/役割)が何をしているかが追える
- どのシステムに入力・参照・承認しているかが分かる
- どの帳票・ファイル・マスタが使われているかが分かる
- 分岐(例外)がどこで起きるかが追える
このレベルまで見えると、初めて「何を変えるべきか」「何を残すべきか」「どこがリスクか」を議論できます。 逆に言えば、As-Isがこの状態になっていないと、要件定義は“雰囲気”で進みやすくなります。
定型業務から着手する理由(可視化しやすく成果が出やすい)
可視化に取り組むとき、最初に迷いがちなのが「どこからやるか」です。 結論としては、定型業務から始めるのが最も成功確率が高いです。
- 定型業務は手順が決まっており、関係者の認識が揃いやすい
- 例外が少ないため、短期間でフローが形になりやすい
- 成果が見えやすく、現場の協力が得られやすい
たとえば「経理」「総務」「人事」「購買」などの管理系は、比較的フロー化しやすい典型例です。 逆に、イレギュラーが多い業務や“職人芸”に近い判断業務は、最初から深追いすると詰まりやすいので、 「まず定型で型を作ってから」段階的に広げるのが現実的です。
| 最初に向いている | 後回しが無難 |
|---|---|
| 申請・承認、経費精算、請求処理、購買、入出金など | 例外が多い個別対応、属人化した判断、顧客折衝の“中身”など |
粒度の決め方(粗すぎる/細かすぎる問題を避ける)
システム刷新の可視化で最重要なのが「粒度(どこまで細かく書くか)」です。 粒度を誤ると、次のどちらかで止まります。
- 粗すぎる:抽象的で判断材料にならない(結局何も分からない)
- 細かすぎる:手順書レベルまで掘って進まない(時間が溶ける)
目安として、システム刷新のAs-Isは「業務の流れが追えて、システム・帳票・担当が特定できる粒度」が適切です。 具体的には、次のチェックで判断すると迷いにくいです。
- このフローを見れば、どの工程で何を入力/参照するかが分かるか?
- このフローを見れば、誰にヒアリングすべきかが特定できるか?
- このフローを見れば、業務の前後関係(どこから来てどこへ行く)が追えるか?
逆に「クリック手順」「画面操作」「例外の全パターン」までを最初から入れるのは危険です。 細部は後工程(To-Be設計、教育、運用設計)で必要に応じて掘り下げれば十分です。
フローチャートが効く理由(流れ・前後・相関が一目で分かる)
業務の可視化にはいろいろな形がありますが、システム刷新ではフローチャートが最も相性が良いです。 理由は単純で、刷新で議論すべきなのは「業務の流れ」と「前後関係」「相関関係」だからです。
箇条書きや文章だけだと、全体像が掴みにくく、前後が見えにくい。 一方フローチャートなら、次の情報が一度に扱えます。
- 業務の流れ(どこからどこへ)
- 分岐(条件で流れが変わる点)
- 関係者(役割/部門)
- どのシステムを使うか
刷新の議論を進める上では、「俯瞰できること」が最初の武器になります。
担当(部門)×システム×帳票を“混ぜずに分けて”見せる
見づらいフローに共通するのは、情報を1つの線の上に詰め込みすぎることです。 特に、次の3つを混ぜると一気に読めなくなります。
- 担当(部門・役割):誰がやるか
- システム:どこに入力・参照するか
- 帳票・データ:何を扱うか
コツは「レーン(区切り)で分ける」ことです。 たとえば、基本の設計として次の型が分かりやすいです。
- 横方向:担当(部門/役割)をスイムレーンで分ける
- 別のレーン:主要システムをレーンとして置く(入力・参照・承認が分かる)
- 帳票・ファイル:成果物や参照物としてフロー上に明示する(どこで使うか)
こうしておくと、刷新で必ず出てくる問いに答えやすくなります。
- この入力は誰がやっている?
- どのタイミングでどのシステムに入れている?
- どの帳票がどこで作られ、どこへ渡る?
業務の流れとデータの流れを整理して表現する
もう一つ、刷新で混乱しやすいのが「業務の流れ」と「データの流れ」が混ざることです。
- 業務の流れ:作業や判断の手順(担当者の行動)
- データの流れ:情報・帳票・データがどこへ渡るか
この2つが混ざると、フローが「矢印だらけ」になり、肝心の業務の前後関係が見えなくなります。 対策としては、次のように分けて設計すると安定します。
- フロー図は業務の流れを主役にする(作業・判断・承認)
- データは「成果物」「入力」「参照」として注釈・アイコン・関連情報で示す
- データ連携が複雑な場合は、別途「データ流れ図(DFD)」や一覧表で補助する
要件定義に繋げるためには、まず業務の流れが理解できることが優先です。 データの詳細は後からでも掘れますが、業務が読めないと議論が進みません。
可視化の成果物を要件定義につなげる(論点・決め方)
As-Isの可視化は「描いて終わり」ではありません。 システム刷新では、可視化した成果物を要件定義の議論に直結させる必要があります。 ここでのゴールは、“決めるべき論点”が揃っている状態です。
現状の課題・ムダ・重複を抽出する
可視化したフローは、課題抽出のための地図になります。 具体的には、次の観点でフローを眺めると、ムダや問題が見つかりやすいです。
- 転記・二重入力が多い(同じ情報を複数箇所へ)
- 承認待ちが長い(ボトルネックになっている)
- 例外処理が多い(標準化の余地がある)
- 属人化している(担当者が限られている)
- 重複業務がある(組織再編・統合時に頻出)
ここで大切なのは、課題を「感想」ではなく、フロー上の“場所”として特定できることです。 「どこで」「誰が」「何に」詰まっているかが分かれば、要件定義で解決策を設計できます。
新業務(To-Be)とシステム要件に落とす
課題が見えたら、次はTo-Be(あるべき業務)を描きます。 To-Beは理想論になりやすいので、要件定義に繋げるために、次の3点セットで考えるのが実務的です。
| 決めること | 問い(例) | 要件への変換 |
|---|---|---|
| 業務の形(プロセス) | どの手順を残し、どこを変える? | 業務ルール、承認フロー、例外処理方針 |
| 役割分担 | 誰がやる?どこまで自動化する? | 権限、担当、ワークフロー設計 |
| システムの役割 | どこをシステムで担保する? | 機能要件、画面/入力、連携、帳票 |
To-Beは「システムで全部解決する」ではなく、業務の設計とシステム要件をセットで決めるのがポイントです。 業務が変わる以上、教育・運用・ルールも含めて設計しないと、導入後に“回らない”状態になります。
変更後も更新できる運用(メンテナンス)を設計する
システム刷新はゴールではなくスタートです。 業務は必ず変化します。組織変更、制度変更、M&A、取引先の要請、監査対応など、理由はいくらでもあります。 だから、刷新前に「更新できる仕組み」まで設計しておくのが重要です。
具体的には、次の観点を最低限押さえると、形骸化しにくくなります。
- 更新責任者:誰がフローと業務定義を更新するか(事務局か、部門か)
- 更新のトリガー:どんな変更があれば更新するか(制度変更、システム改修、監査指摘など)
- 変更管理:版管理・承認・共有の流れ(勝手に変わらない仕組み)
- 共有方法:現場が迷わず参照できる場所(文書管理、ポータルなど)
刷新の成否を分けるのは、導入直後の完成度ではなく、導入後に“回る運用”を作れるかです。 可視化はそのための資産になります。 だからこそ、要件定義の前に「可視化+運用設計」までセットで考えるのが、現実的な進め方です。
失敗しないための実務ポイント(体制・ツール・進め方の注意点)
現場の協力を得る…トップダウンで「会社の業務」として周知する
システム刷新に向けた業務可視化は、どうしても現場の協力が必要になります。 なぜなら、業務の実態は「資料」ではなく現場の頭の中・日々の運用にあるからです。
一方で、現場からすると可視化はこう見えがちです。
- 忙しいのにヒアリングや作図の時間を取られる
- 「なぜ今それが必要なの?」が腹落ちしていない
- 可視化=監視や評価につながるのでは、という警戒感がある
この状態でプロジェクトを始めると、ヒアリングが進まない/情報が出てこない/形だけのフローになる、という失敗につながります。 だから結論としては、トップダウンで「これは会社の業務として必要な取り組み」と周知しないと成功しないです。
ここで重要なのは「協力をお願いする」ではなく、業務として正式に位置づけることです。 つまり、現場にとっても「やらざるを得ない」状態を作る必要があります(もちろん乱暴にではなく、筋を通して)。
周知に入れるべき要素はシンプルです。長い説明より、次の3点が効きます。
- 目的:システム刷新を成功させ、使える形で定着させるため
- メリット:属人化の解消、無駄の削減、問い合わせ・手戻りの減少
- 位置づけ:これは追加タスクではなく、会社として必要な業務
さらに実務的には、プロジェクト開始時に「関係者向け説明会(周知セミナー)」を一度入れるだけで、 現場の協力度が大きく変わります。 説明会で合意形成できると、以降のヒアリングやレビューが格段にスムーズになります。
Excelで詰まりやすいポイントと、専用ツール検討の判断軸
業務可視化は、多くの企業がまずExcelでやろうとするのが現実です。 しかし、刷新レベルの可視化(量と更新が発生する)になると、Excelは高確率で詰まります。
Excelで詰まりやすいポイントは、だいたい次の3つです。
| 詰まりポイント | Excelで起きがちなこと | 結果 |
|---|---|---|
| 作図・修正の工数 | 箱の挿入、矢印調整、レイアウト崩れの修正に時間が取られる | 更新が苦痛になり、止まる |
| 維持・管理のしづらさ | どれが最新版か分からない/担当者ごとに別ファイルになる | 共有されず、参照されない |
| 関連情報の紐づけ | 帳票・手順書・URL・根拠資料などが散らばり、探せない | 「図はあるが運用に使えない」状態になる |
そしてもう一つ大きいのが、そもそもフローチャートを書いた経験がないことです。 研修や書籍で学んでも、実務の業務は例外や分岐が多く、途中で手が止まりがちです。 結果として「うまく進まないので相談が来る」というパターンはよくあります。
専用ツールを検討する判断軸は、派手な機能よりも現実的な観点が大切です。 目安として、次のいずれかに当てはまるなら検討する価値があります。
- フローが増え、更新・メンテナンスが前提になっている
- 複数部門で扱い、共有・版管理が必要
- 帳票・規程・URLなど、関連情報を紐づけて管理したい
- 可視化成果を、要件定義や内部統制などに二次利用したい
つまり、刷新プロジェクトでは「一回作って終わり」になりにくいので、 “書くため”だけでなく“維持して使うため”の道具を選ぶことが重要です。
ベンダー/コンサルとの付き合い方…自社が主導権を持つための準備
システム刷新は、ベンダーやコンサルと一緒に進めるケースが多いです。 ただし、ここで間違えると「外部主導で進み、最後に困る」構図になります。 ポイントは、外部を使いながらも主導権は自社が持つことです。
まず大前提として、ベンダー/コンサルは「作業者」として使うのか、「統括・助言(アドバイザリー)」として使うのかで価値が変わります。
- 作業者:指示通りに作図・整理をする(この場合、経験より作業量が価値)
- 統括・助言:進め方、粒度、論点整理、落とし穴回避を支援する(経験が価値)
高いコンサル費を払う理由は、単なる作業ではなく経験・知識・ノウハウ・時間を買うことです。 逆に言えば、自社側に知見があるなら、作業は外注せず内製で回した方が合理的な場合もあります。
では「自社が主導権を持つ」ために、刷新前に何を準備すべきか。 結論は、次の3点セットです。
| 準備するもの | 内容 | これがないと起きる問題 |
|---|---|---|
| 可視化されたAs-Is | 業務の流れ、担当、システム、帳票が分かる状態 | 提案の妥当性を判断できず、丸投げになる |
| 意思決定の軸 | 優先順位、対象範囲、やらないこと(スコープ) | 追加要望が積み上がり、費用と期間が膨張する |
| 社内体制 | 責任者、窓口、レビュー者、現場協力の確保 | 情報が集まらず、成果物が形骸化する |
さらに実務で効くのは、ベンダー/コンサルに対して「丸投げしない」ための進め方を、最初から契約・運営に落としておくことです。
- レビューの頻度:作ってから一括納品ではなく、短いサイクルでレビューする
- 成果物の定義:目的(刷新、内部統制等)に沿った粒度・形式を事前に決める
- 更新の責任分界:導入後に誰が更新するか(依存を残さない)
「外部に頼む=楽」ではなく、実際は発注側が業務を理解しているほどプロジェクトは楽になるという逆説があります。 だからこそ、刷新の前段で業務可視化をやり切り、判断材料を持った上で外部と組む。 これが、失敗確率を下げる一番の近道です。
【まとめ】システム刷新で業務可視化が必須な理由、要件定義の前にやるべきこと
システム刷新は「現状業務が見えていない」まま進めると、要件が曖昧になり、ベンダー主導で使いにくい仕組みが出来上がるリスクが高まります。要件定義の前にAs-Isを可視化し、課題・重複・例外を把握した上でTo-Beと要件に落とすことが成功の近道です。さらに、トップダウンの周知と更新運用まで設計しておけば、刷新後も業務とシステムを継続的に改善できます。
- 刷新前の可視化は、要件の質と交渉力を上げるための“前提作業”
- As-Isは管理できる粒度で、定型業務から着手して短期で型を作る
- フローチャートで「担当×システム×帳票」を分け、流れと相関を見える化する
- 課題抽出→To-Be→要件化まで一気通貫でつなげる
- トップダウン周知と更新運用がないと、成果物は形骸化しやすい



